リシャール・ルロワ - Richard Leroy - [ ロワール地方 アンジュ ]

   

“リシャール・ルロワ

栽培から瓶詰まで、リシャールの熱い情熱が注がれた至極のワイン

若い生産者からベテラン生産者、名だたるつくり手がひしめくアンジュ地方にあって、リシャール・ルロワは一際際立つ存在です。ワインつくりを始める前、15年にわたって昼は銀行で働きながら夜はグランノーブルというパリの権威あるワインテイスティング教室で1990〜1998年までワインに熱い情熱を注いでいました。そんなリシャールより前に、奥さんのソフィーがワインのディプロムを持つほどワインに精通していたことがリシャールがワインにのめり込んだ大きなきっかけです。そんな二人がアンジュ地方のシュナン・ブランでつくられる辛口のワインに素晴らしい可能性を感じ、ドメーヌ・ド・サブロネットのジョエル・メナーの協力のもと「レ・ノエル・ド・モンブノー」の2haの畑を購入したのは1996年のこと。小高い丘の上にある、眺望がよく風通しの良い2haの美しい区画です。購入した当時は除草剤が撒かれていた畑ですが、すぐに有機栽培へと切り替えます。醸造は最初はドメーヌ・ド・サブロネットのカーヴで。畑を購入してから2年間はパリとアンジュを行き来しながら畑仕事をしていましたが、1998年に畑のそばにあるラブレ・シュル・レイヨンの町に引っ越してきました。2haだけではヴィニュロンとして生活を成り立たせるのが厳しかったこともあり、2000年に「ローリエ」という70Rの区画を購入します。2002年からは100%ボトリティスのないブドウを収穫し、より辛口でまっすぐな味わいのワインを求め始めます。ワインにより高みを求めるリシャールは2005年に2樽のみで亜硫酸ゼロのワインつくりに挑戦。その当時はアンジュ地方だけでなくフランス全土を見渡しても亜硫酸ゼロでワインつくりをする人は非常に稀でした。その当時ではピエール・オヴェルノワであったり、ジャン・フランソワ・ガヌヴァでも2008年から亜硫酸をゼロにしました。2006〜2008年と厳しい収量の年が続きましたが、収量のとれた2009年にはさらに5樽で亜硫酸ゼロのワインをつくりました。少しずつ見極めていき、2011年にはすべてのワインを亜硫酸ゼロに。リシャールは常に「最高のワイン」をつくるために物事を選択します。ビオディナミを実践するのもそうして育てられたブドウでつくるワインの方が美味しいから、樽に一つ一つにこだわるのも最高のワインを生み出してくれる選択肢を常に模索し、亜硫酸を使わないワインつくりもその結果が彼にとって最高のワインをつくる一番の選択肢と感じているからです。すべての過程に自分(つくり手)が介在していることが何より大切だとリシャール。ひたむきに畑とワインと向き合い、日々知識を吸収し、その知識と経験をぶつけ、常に試行錯誤、自問自答を重ねながら着実に最高のワインを見極める作業を積み重ねていくのです。その情熱は誰しもがたじろいでしまうほど圧倒的ですらあります。アンジュ地方で多くの生産者が防除のためにボルドー液を撒く時にリシャールは手作業で葉をむしっていたこともあります。ボルドー液を最大限に減らすために何度も何度も畑に足を運び観察を繰り返します。彼のカーヴでのテイスティングは近隣の生産者から大変な一日になるよ...と言われるほど長く、ワインつくりへの熱い意見交換がなされます。それもリシャールにとっては貴重な知識の積み上げなのだと感じています。樽の種類、樽のつくられた年、樽への火の入れ方、樽をお願いしたタイミング、置いてある場所の違い、細かく分析がなされ、それぞれを味わいながらリシャールの話しを聞いていると、それぞれの樽のワインがそれぞれの人格を持つかのように感じられます。それぞれに呼吸を感じるのです。リシャールは冬の間、顔中がモジャモジャの毛に覆われ熊のような見た目になります。畑仕事の間、冬の寒い風から守るためだそうです。そして春が近く暖かくなるとすっきりとした頬に戻ります。ただ近年フランスでは髭が流行しているので僕は髭を生やすのをやめたよと笑うリシャール。生活のすべてがワインへ向かい、それでいて世間とは違う感覚に身を置きたいリシャールらしいエピソードです。彼の生み出すワインからは、彼の高く高く積み重ねてきた知識と経験、ワインへの深い洞察、そしてリシャールの追いかける「最高のワイン」の輪郭と情熱が圧倒的なメッセージを持って伝わってきます。

〜LES IGNORANTS〜
エティエンヌ・ダヴォドーの書いた本「LES IGNORANRTS」というバンド・デシネでリシャール・ルロワのことが描かれています。直訳すると「無知なる者たち」。2022年に「ワイン知らず、マンガ知らず」という名前で日本語訳も出版されました。エティエンヌとリシャールが、作家とヴィニュロンというそれぞれの仕事に触れることを通して、世界を広げていく姿が描かれた一年間のドキュメンタリーです。リシャールが畑とワインをいかに子供のように思い大切にしているかが描かれています。エティエンヌはフランスではとても有名なバンド・デシネの作家です。1998年、ちょうど同じ年にラブレ・シュル・レイヨンに引っ越してきたエティエンヌとリシャール。子供たちの年も近く、交流を重ねる中で2009年にエティエンヌがこの本を書きたいと思い立ったそうです。今も親交の熱い二人。お互いがお互いの世界でまっすぐに高みを目指している姿が私たちにも大きな刺激を与えてくれています。


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